映画についてのよけいな事

映画好き。でも何故か映画の感想より俳優や監督への感想ばかり

また、世間で絶賛されている作品にケチをつける 『万引き家族』

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万引き家族』『誰も知らない』

そして父になるのネタバレがあります。

 

 

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 万引き家族

(2018年6月公開)

 原案、脚本、監督、編集:是枝裕和(56歳)

 

あらすじ

高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。足りない生活費は、万引きで稼いでいた。社会という海の底を這うような家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。 冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治…

 出典:Filmarks

 

 

 

私は子どもが好きです。

なのに、病気等、運命の巡り合わせで、息子一人しか持てず、その彼も都会で完全自立してしまい、金の切れ目が縁の切れ目となり、実家へ来るのは、年2,3日、必要事項のみ会話してすぐきれる電話も年に10回以下という、ほぼ赤の他人状態です。

子ども嫌いなとこも含めて、性格、価値観、食べ物の好み、ほとんどの要素が正反対な主人(なら、なんで、結婚したんだ?と聞かれれば、結婚前はお互い本性を隠してたり、女の私が経済的安定を優先して妥協してしまったからとか、私達の世代ではよくある理由です)と広い家で仲良くもなく、楽しい会話もなく淋しく暮らしてます。

ただ、保守的で、モラハラの気があって、子どもって可愛いより面倒くさいと思っている主人は全然淋しくないようで、私が、

「淋しいから里親になりたい、夏休みとか冬休みだけ預かる週末里親でいいから、その期間も子どもの世話は全部私がやるから、そして、それでもらった謝礼は全部あげる、だから、夫婦として、里親面接や里親講習に一緒に参加してほしい」

と頼んだ時も、

「絶対にヤダ!」

と、とりつくしまもない。まあ、普通の日本人は皆こういう考え方なんでしょうが、自分達の子どもでさえ、「大学行かせる金が大変だから、二人目は欲しくない」と言った人ですからねぇ。

仕事(と出世)は順調で、平日昼間は、会社で勝ち組気分を存分に味わい、夜と土、日は、100%自分の思い通りにできる事、プラモ作りとオートバイと、その分野の情報のYou Tubeを見て過ごすという、今、人生で一番幸せな時が来たと思って生きているような主人。

今は我が世の春だけど、定年になり、会社から放り出されたら、自分の周りの同年代は、孫や子どもが家に 出入りする明るい老後を送っている年寄りばかりなのに、自分は孫もいない、子どももいない(も同然)淋しい、可哀そうな老人になるんだ、なんて1秒も考えた事ないんだろうなぁ。

そう言えば、うちの旦那、そして父になる(2013年公開)のあの鼻持ちならないエリートの父親(福山雅治さん演じる)に似てるなぁ……顔じゃなくて中味が。

リリー・フランキーさん演じるもう一人の父親=経営不振の電気屋の店主で、出世や裕福さみたいな”成功”とは程遠いけど、人情があって、子煩悩な、あーいうタイプとどうして結婚しなかったんだろうなぁ……

是枝監督って、この万引き家族が脚光を浴びて、”福祉の網からこぼれ落ちた人を見殺しにする社会への怒り”を作品にする社会派監督みたいに言われてるけど、私は個人的には、この人は、勝ち組が嫌いで、圧倒的に負け組が好きでその味方をしたくて映画を作っているように感じる。

そして父になるでも、海よりもまだ深く(2016年)でも、勝ち組の男と負け組の男が出てきて、双方を対比させるんだが、まあ、勝ち組の男は、ほんとに感じが悪い。

で、そして父になるでは、今まで、何にたいしても、負けた事のない裕福なエリートとうさんが、つぶれそうな電気屋の店主の貧乏とうさんに負ける…完敗する。子どもに愛されるという項目で。貧乏だけど温かい父親に育てられた男の子は、血がつながってて裕福な父親より、貧乏な父親を選ぶのだ。こんなに気分のいい展開はない!

 

貧乏だけど温かくて価値観が一緒の人、生活には困らないけど、冷たくて、一緒にいても楽しくない人。最初から分かってれば、いくら安定志向の私でも後者は選ばなかったんだけどなあ、分かったのが、結婚後、何年もたってからだからなぁ。

旦那に対する愛情はもうとっくにない、向こうもそうだろう。でも、私達の世代は、それでも、人生のパートナーとして、友達のように穏やかに支えあう同居人同士でいい、という人も多い。でも、それさえ思えない。価値観が違いすぎて。

そんな旦那と一緒にいたいわけがない。でも、離婚したら食べていけない、という理由でこのゆがんだ夫婦関係(家族関係)にしがみついている醜い寄生虫の私。

その私が、この凄くあったかそうな”万引き家族”という疑似家族に憧れないわけがない。

治や信代が初枝と暮らしてるのは、初枝の年金がないと暮らせないからで、そこは私と同じだけど、でも、彼らと初枝、二人の子どもとの絆はお金だけではない、彼らは価値観が同じだ。そういう相手とは簡単に心がつながれる。 

そして、血のつながりよりも心のつながりの方が強いに決まってるのである、

血を分け、手をかけて育てた息子と私とのきずなは、ああも簡単になくなってしまったのだから。

樹木希林さん演じる柴田初枝もそうだ。息子が二人もいても、縁が切れてしまってる。

でも、幸運にも赤の他人達と肩寄せあって暮らせて、全然淋しくない老後を送り、血のつながりのない家族に囲まれて死ねた。

うらやましくて仕方がない。

私も、その気になれば、同じ事ができるだろうか?

ああなるにはどうすればいいんだろうか?

ネットで子どもや孫が買えたらいいのに、せめてレンタルできたらなぁと本気で思う。

それなのに、あの暮らしに違和感を感じるのはどうしてだろう?

確かに、赤の他人同士でも、家族のように暮らせば淋しくないし、淋しくない事=幸福なんだろう、でも、その生活が不健康な生活だったら?

又、心でつながる家族がいる幸せと引き換えに、いつ刑務所に入るか分からないような不安を抱え、明るい未来を想像できない生き方をしなきゃならないとしたら?

血のつながりなんてなくていい、本当に自分を必要としてくれる人と生きたい、と思ってる私でさえ、思うのだから、普通の日本人はもっと理解できないというか、共感できないのでは?と思う。

特に、虐待されてた子どもを勝手に連れてきて育てている事に。

虐待されてた祥太やりんを連れてきて自分の子どものように育ててる事はむしろ人助けである。なのに、法治国家では、それが誘拐という犯罪と定義されてしまう不条理。

こういう不条理が、又、是枝監督の好きなネタなんだろうなぁ……

と、彼の大ファンでもなく、フイルモグラフィ全部を観てるわけでもないのに、知ったかぶりして言いたくなってしまう。

初めて観た彼の作品が『誰も知らない』(2004年公開)という不条理の極みのような映画だったから だろうか。

12歳の長男を筆頭に、4人の子どもを次々と産んだ女。でも、子ども達より、新しい男との愛を楽しむ方が大事で、アパートに4人を置き去りにして、消えた。

こんな勝手で母性本能ゼロで、「育てられないから中絶しよう」と考える事もできない未熟な子どもが、子宮だけは大人で、健康で、次から次へと妊娠し、簡単に出産できてしまうという不条理から始まる物語。

万引き家族には、是枝監督が20代で、ドキュメンタリー監督として映像作家になったときから持ち続けている”福祉の網からこぼれ落ちた人を見殺しにする社会”への義憤が強く主張されてるという意見には全く同意だけど、

でも、同時進行で見せる弱者の種類が多すぎて、一つ一つが、あまり胸に刺さらない。

ネグレクトという虐待の被害にあっている子ども達を、淡々と、静謐に描いていた

『誰も知らない』の方が深く痛く胸に刺さった。子どもが一人死んでしまうという最悪の結末があったからかもしれないけど。

私は是枝監督の、ドキュメンタリーっぽくて寡黙でリアルな所、登場人物を鋭く風刺するところが大好きで、福山雅治さん演じるそして父になるのエリ-トサラリーマンや、『三度目の殺人』(2017年公開)の人間としての感情より、いかに裁判で勝つか(減刑を勝ち取るか)だけで動くエリート弁護士等の”勝ち組”達の鼻持ちならなさと、本作の柴田治(リリー・フランキーさん)や海よりもまだ深くの篠田良多(阿部寛さん)の”負け組”達のダメダメさ、情けなさが、本当に鮮やかで、いつも楽しませてもらってる。

でも、この万引き家族に関しては、いつものリアル描写より、ご都合主義な所の方が目立ってる気がした。

例えば、祥太が、万引きした後、警備員達に追われて逃走中、足を怪我して病院に運ばれた為、警察に、この万引き家族の色々な悪事がばれてしまい、信代が一人で全ての罪をかぶって服役、治は安アパートで独り暮らし、祥太は擁護施設に引き取られ、りんは実親へ返されるのだが、映画の前半で、虐待されていたりんを信代達が勝手につれてきてしまった後、2カ月たってもりんの捜索願を出さなかった父親と母親が、虐待してるのではないか、と警察や児童相談所に疑われてTVのニュース(だかワイドショーだか)に出ているシーンがあったのに、いざ、りんが見つかったら、児童相談所は、りんを、簡単に二人の元に返し、それを受けて、二人の親に取材しているマスコミの人達も、虐待の疑いのあった夫婦という扱いは全くなく、祝福ムード一辺倒で、

「良かったですねぇ」

みたいな反応とか、

「帰ってきたじゅり(りんの本名)ちゃんが最初に食べたのは何ですか?」

と尋ね、実母が

「オムライスです」

と答えると、

「それはお母さんの手作りですか?」

実母

「はい」

と、虐待の疑いのあった夫婦が、子どもを連れ去られた悲劇の親という扱いに変わってしまっている。

りんの失踪が警察や児相に露見してしまった時に、虐待が疑われたのだから、児相が色々調べて近所の人の証言等からも「虐待のおそれのある夫婦」だとわかっただろうに、児童相談所が子どもを穏便に返しちゃった事はとても不自然である。

マスコミのレポーターの誰かが、あの場面で、

「ジュリちゃんが連れ去られた後、2カ月も捜索願を出さなかった事で、虐待の疑いをかけられていた事について、どう思いますか?」

と聞くとか、

児童相談所が一生懸命、介入したが、それでも、実親の虐待の決定的証拠が見つけられなかった、それで保護できないから、仕方なくりんを実親の所へ返したとかの描写があれば、自然だったし、そういう児童相談所の権限のなさや虐待を取り締まる法律や制度の甘さこそ、社会で問題になってる事なのに。

何故、こんなunrealな展開にしたのかなあ……りんが、他人同士でも心から慕っていた万引き家族と引き離されて、血がつながってても虐待してる両親と暮らさなければならない不条理を描く為だったのかもしれないが、致命的に雑だなあ、と。

もう一つ、亜紀が初枝の所に転がり込んできた理由もそうだ。裕福な家で育ったけど、できのいい妹と比べられて家が嫌になった、という設定らしいが、その妹が出てくる1シーンの描写だけでは、姉が家出して、社会の底辺で、世捨て人のように生きる理由になるほどの、ずば抜けてできのいい妹には見えなかった。又、亜紀が裕福な暮らしを捨てて、世捨て人になってしまう程の、娘が一人、消息不明になっていても、捜索願も出さない程の、家庭のゆがみとか、亜紀と両親との大きな確執を、画面からどうしても感じ取れなかった。説得力がなさ過ぎると思った。

この二つの描写って結構大事だと思うのに、是枝監督の最大の魅力である"緻密でリアル”が、この二つの大事な場面で全く発揮されてないのはなぜだろう?

このご都合主義(と私が思う)がなければ、ラストの方で、一人で罪をかぶった信代が、女性警察官に、勝ち組目線で無神経な杓子定規な事を言われて涙を流すシーンや、面会にきた治と祥太に、「いいんだ、幸せだったから」と言うシーンで、気持ちよく泣けたのになぁ……

邦画の他の監督や洋画の娯楽映画なら、こういうご都合主義はざらにある。でも、是枝監督の作品で、それを見ると「あれ?」と思ってしまう。

派手な社会問題を幕の内弁当のように彩りよく詰め込む方に集中してしまい、細かい所まで目が行き届かなかったのだろうか?

でも、ご都合主義と批判するのも私くらいなのだろう、とうとうカンヌでグランプリを獲って”世界の是枝”になってしまったんだから。

メジャーになってしまった今後は、更に、娯楽作品の悪い部分に感染してしまうのか、それとも、『誰も知らない』のような地味で淡々としてリアルな作品を作った心意気を捨てないでいてくれるのか、カトリーヌ・ドヌーブジュリエット・ビノシュイーサン・ホークら、世界レベルの有名人を集めて作る次作を楽しみに待ちたい。

 

※ 初枝を演じてる樹木希林さん(75歳)は老人感がすごくリアルだった。

 他の色んな作品に出てくる老人達、余命1年の、病気を抱えたおじいさんとか認知症を抱えたおばあさんとかが、妙にこざっぱりして、顔もわりと綺麗な人ばっかりなのに、この作品の樹木希林さんは、顔もしわしわで、疲れた感じで、本当にいつ死んでも不思議じゃない、綺麗じゃないおばあさんだった。これが是枝監督の狙ってやった事なのか、希林さんが撮影時、本当にその風体だったのかは、分からないけど、希林さんって本当に凄い女優さんだと思った。 

変態が全身全霊を注いで作った映画は道徳のお手本のような作品だった。

 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVol.2』

『インフィニティ・ウォー』

 のネタバレがあります。

 

 

 

子どもへの性犯罪や虐待や、児童ポルノや、とにかく被害者が子どもという場合の罰則や社会的制裁がとても厳しい米国。

(にもかかわらず、ハリウッドの大物プロデューサーや製作者の中には小児性愛者が多くて、自分の子どもを子役として売り出したい親が、影で、子どもをそういう人達にさしだしていて、それは公然の秘密になっている、という話を聞いた事があるけれど)

でも、私は米国と違って、

男性小学校教師が女子児童にわいせつ行為をしても、校長がもみ消してくれれば、学校を転勤させられるだけで、何の社会的法的制裁も受けず、のうのうと先生の仕事をしてられるような日本に住んでいるので、ペドペドとジェームズ・ガン監督が、たたかれまくっても、正直、軽蔑する気になれない。

ペド:ペドフィリアの略。小児性愛

ガン監督は、言いふらしただけだけど、実際に、女子生徒に、触ったり、セクハラしても、上層部にもみ消してもらい、何のお咎めもなく仕事を続けていた男の先生を何人も知っている。

もしかしたら、ガン監督も、10年前に実際に小さな男の子にわいせつ行為していて、それを最近になって脅迫されたのを、ディズニーが口止め料を払って始末をつけた、という事が背後に隠れてるのかもしれないが、事実として耳に入ってこない以上、ガン監督を嫌いにはなれない。

もう一つ、彼を軽蔑する気になれないのは、私が『GotG』シリーズのロケットみたいな性格だからである。

彼のように人々から酷い目にあってひねくれたわけじゃない。

ロケット程の辛い経験(普通いのアライグマとして家族と平凡に暮らしてたのに、人間の科学者達の実験台にされて、人間とアライグマの合体したサイボーグにされ、普通のアライグマとして暮らす事もできなくなり、下等な生命体と呼ばれ、蔑まれて生きる事に)

なんてしていないのに、自分を負け組と思いこんで、すぐに、ひねくれたり、しょっちゅう他人の事をひがんでいる。

 

そういう世間と、そして人生と上手くやれない性分の人間だから、ガン監督が、

自分自身が持つ大きな闇をキャラクターに投影し、自分と同じ登場人物が仲間達の優しさとか、人間の良心の尊さに感化されて変わっていくドラマを見せてくれると、孤独が吹き飛ぶのだ。

 

 以前、彼の特異な作風が、どんなバックグラウンドからきているか、という記事がBuzzFeedというニュースサイトに掲載されたのを、ガン監督や俳優のマイケル・ルーカー『GotG』のヨンドゥ)のファンの方が、訳してくださった内容が、まさに、彼の性格とそれが作品にどんな相乗効果を与えているかを明確にしているので、そこから抜粋してみました。

 

 

 ガンは彼の意地悪で攻撃的なユーモアセンスに、人から全くのクソ野郎だと思われようが気にしない、というよりある意味そう思われる事を選んでいる、という解釈を与えた。彼はロケットを最新の、最もアライグマなバージョンの"ジェームズ・ガン"にしたのだと言えなくもない。
「100パーセント今まで書いた中で一番パーソナルなキャラクターだよ」まるでそのキャラクターを抱き寄せるかのように胸の前で両手を握り合わせながらガンはやさしく話した。「彼は最高に僕自身だ。それについてはあまり語る事すらできない。確実に。確実に。彼は僕なんだ」
 毛皮で覆われた人間嫌いの彼が他人と誠実で感情的な繋がりを持つ事の良さを少しずつ理解し始める中で、ガンは彼とロケットとの繋がりを『ガーディアンズ Vol.2』でなおいっそう探求した。『ガーディアンズ』のキャラクターたちが互いにシェアしている擦り切れた家族の絆は彼らが認めるよりも極めて重要であるという意識は、驚くべき深い思いやりの泉で映画全体を満たしている。「彼がまだ脚本すら書いていない段階でアイデアを投げ掛けてきた時、感動で涙が出た」とプラットは言う。

    注:プラット=クリス・プラット

 

 「のけ者で、人生で周囲となじんだ事がなかった人の気持ちがわかる」と彼は言う。「『ガーディアンズ』はそういう人に語りかけているんだ。僕にとってエンターテインメントがなしうる最高の事はそれなんだよ。それが僕がアリス・クーパージョニー・ロットンを大好きだった理由だ。僕はミズーリマンチェスターでめちゃくちゃな人たちに囲まれて暮らすクソ孤独な子供だったからね。アリス・クーパーのレコードを聴いて『わあ、この人は僕と同じくらい変なヤツだな、でも遠いところにいる』と思ってた。だけど彼は僕の孤独を和らげてくれた」

 

「ジェームズにはとても刺々しくて尖っていて変わったパンクな要素がある」とガンの友人でありマーベル・スタジオズの旅の道連れであるジョス・ウェドンは話す。「彼は本当に愉快だし作品にはとても温かみがあるが、そこには闇があるんだ」
 その闇はガンの人生のほぼすべての面について回り、時に彼の大きな悩みの種となり、たびたび彼が自ら呼び込んだ。それはまた彼の転々とするハリウッドのキャリアの燃料となり、最初にマーベルを惹きつけた映画制作の形を作る手助けにもなった。

 

出典:Hatena Blog  Koto-Koto 

   BuzzFeed          

   「マーベルを落としたmaniac」[

 

 

「RE-HIRE JAMES GUNN」の署名が、30万を超えたからと言っても、この先、万が一、100万人の署名が集まるような事があったとしても、ディズニーの決定は覆えらないだろうと言われている。せめて、ガン監督が完成させたシナリオはそのまま使って欲しいと願ってるけれど、それも難しいといくつかの記事に書かれてる。

だから、今後作られる(としたら)『GotGVol.3』が、どんなに面白くても、ガン監督の笑いじゃないし、ガン監督の人間描写じゃない、だいいち、『インフィニティ・ウォー』で、ロケット以外はこの世からいなくなっちゃってるのに、そこからどう復活させるのか?そんな状況を、あっと言わせるような展開で、なおかつ説得力もある(これが大事なのだ)話にできるのは、ビョーキと健全な人間の境目のセンスを持つジェームズ・ガンじゃないとできないだろう……

 

というわけで、愛すべきGotGVol.1はこの先、凄いお宝になるだろうと思い、見返してみた。

多くの評論家が採点しているように、 MCUシナリオライター、ニコール・パールマンとガン監督が共同脚本したVol.1の方が、起承転結がはっきりして、バランスがとれてて面白いけれど、脚本から監督まで、100%made of  James GunnのVol.2は、

過去に小児性愛やレイプ賛美の病的願望を嬉々としてさらけだしていた変態が作った映画は、

道徳のお手本のような作品だった。

 

 

 

 

 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVol.2』

  2017年日本公開

監督、脚本:ジェームズ・ガン(51歳)

     

 道徳のお手本のようなシーン

 

 ① 実の父親エゴにバッテリーにされて、半死半生状態になっていたスター・ロードをヨンドゥ含むガーデイアンズメンバーが助けて、そのまま逃げようとした時に、スターロードが

「エゴは宇宙を滅ぼす気だから殺さないと」

と言って、又、死闘必死の戦場にみんなで戻る。

 

②エゴのセリフ、

「生命の真の目的は他の生物と共存する事ではない。私は生命の真の目的をはたす為に全ての物を覆いつくし、最後は全ての物が私になる」

という思想とそれが、正しい事で、

「息子をその正しい方向へ導くのが父親の役目だ」

と自信たっぷりに言うエゴの選民思想の異常さ。

 

③エゴが戦いながら、スター・ロードに、

「自分を偽るのはもうよせ お前は10億に一つ、1兆に一つの存在 

永遠の命以上に意味のあるものがあるか?」

とか、言い続ける。

そして、ガーディアンズ達の作戦で、エゴが自分の星もろとも爆発してしまうと気がついた時にスター・ロードに言うセリフ、

「聞け!お前は神なんだ。私を殺せば普通の奴らと同じになる」

そう言われて返すスター・ロードのセリフ、

「それの何が悪い?」

 

④血のつながりがない赤の他人の子ども(スター・ロード)を慈しんで愛情かけて育て、その子のために命を捨てたヨンドゥと、子どもを自分の野望の道具としてしか考えない実の父親エゴ。

 

⑤スター・ロードのために自分の命を犠牲にしたヨンドゥのお葬式を宇宙船内でやってる時に、スター・ロードが言うセリフ、

「デビット・ハッセルホフみたいなクールでかっこいい父親を探し求めていたけれど、それはあんただった」

「長い間、必死に探し求めてるものってすぐそばにあるのに気づかない」

 

⑥ロケットが、世界を憎むような人生を歩んできた自分と同類だと思っていたヨンドゥに人間的成長を教えられて、過去の自分を心から反省して涙を流すラストシーン。

 

⑦30過ぎてマザコンで、最大の武器は”優しさ”なんじゃないかって思える位、頼りないリーダー。

人間に改造され、異形の者にされて、世界を憎むひねくれ者のアライグマ。

殺人兵器だった女暗殺者。

純粋で脳筋バカの大男。

可愛いけれど、犬猫のように簡単にてなずけられない植物生命体の赤ちゃん。

人種も、育った背景も全く違う生物達が互いに違いすぎる事を拒否せず、足りない所を補い合い、家族として結ばれていく多様性の理想的なありかた。

                                                                                  

 

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVol.3』はもう、作らないで欲しい

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー

 Vol.1&Vol.2

マイティ・ソー

 シリーズ

 

のネタバレがあります。

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 幸せMaxだった時のガンプラジェームズ・ガンクリス・プラット

 

 二日前、世界を震撼させるニュースが伝わってきました。

ジェームズ・ガン監督(51歳)がガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVol.3』の監督を降板するという。

トランプや親トランプ族の右翼的思想への批判をするガン監督を目の上のたんこぶのように思っていた右派の人々との確執がウォルトディズニーからの解雇にまで発展してしまったのです。

最近、マーク・デュプラス監督(41歳)とトランプ支持派のコメンテーター、ベン・シャピロ氏(34歳)との間に起きたいざこざに、反トランプ派のガン監督が、デュプラス監督の擁護をしようとして、シャビロ氏へのきつーい批判ツイートを投稿した事への報復として、オルタナ右翼でトランプ派のニュースサイト『The Daily Caller』の中や、同じく親トランプのコメンテーター、ジャック・ボソビエック氏によって、自身の10年前の反社会的なツイッターを掘り起こされ、公開されてしまい、その影響の大きさに危機感を覚えたウォルトディズニーの会長が、

ジェームズ・ガン監督とのこれ以後のビジネス契約は破棄する」

と宣告。つまり、ディズニーを解雇されたというわけです。ガン監督はMCU(マーベルシネマテックユニバース)のメンバー(?)なので、その親会社のディズニーから契約破棄されたら、たとえ、MCUの天才社長で、これから先のMCU作品のプロデュースをガン監督と一緒にやっていくつもりだったケヴィン・ファイギ氏(45歳)でも、どうする事もできなかったんだろうな、と思います。

その10年前投稿してた問題のツイートを見て、いくつかをのせてみました。

かなり酷い、悪くてちっとも笑えないジョークばかりですが、ガン監督はMCUガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(以後『GotG』と略します)の監督の契約を結んだ時に、それらの愚かで反社会的なコメントについて正式に謝罪しています。

 (この報道は間違いで、不適切ツイートに関しては謝罪してないそうです。

        8/1  加筆)

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出典:James Gunn @JamesGunn

 

 

ディズニーランドキャラクターの中で誰にレイプされたら最悪か?

なんて書いた文章公開されちゃったら、ディズニーの会長としては、我が社の価値観と相いれないと思うのは当然だし、やたら、レイプ、レイプって、でてきて、思いっきり危ない社会不適合者みたいだし、小さい男の子に触って欲しい!とか、アメリカで最も社会的制裁を受ける小児性愛者みたいな事言ってるし……

でもさ、法的に、実刑を受けるような事は何もしてないんだよね、MCUしいてはディズニー作品の『アイアンマン』シリーズの主役のロバート・ダウニーJr.(53歳)みたいに薬物で1年間刑務所に入ったわけでもない。

それで、ガン監督のファンは、思っちゃうんだよ、今、10年前の不適切ツイートで彼を首にするなら、ディズニーがMCUを買収した時に、なぜ、ロバート・ダウニーJr.を首にしなかったの?って。

ただ、ガン監督は、自分が、MCUに雇われた時、メジャーになれるビックチャンスを貰った時、将来、自分の足を引っ張る可能性大なこれらのツイートを何故、消去しなかったんだんだろう?そこはネットを使いこなしきってる筈の彼にしては、理解に苦しむ愚かさを感じる。

問題ツイッターが、発覚後、1000位のツイッターを削除したそうなので、問題ツイッターが余りに多すぎて、念の為に削除しとくのが、めんどくさかったんだろうか?

最近の米国では、ツイッターは銃と同じ位、怖いって事は分かっていただろうに……

今、米国では(というより、世界的にかな)有名人によるツイッターの失態は、法的制裁と同じ位重いらしい。

ディズニーは5月に傘下のABCテレビで、人気コメディドラマの主役をしてたロザンヌ・バー(65歳)が、ツイッターで人種差別的発言をしたのを受けて、その人気ドラマを打ち切りにしちゃったそうだ、その上、彼女は所属プロダクションからも解雇されたんだと。この人はトランプ大統領の熱烈支持者だったそうだから、トランプ側の人々からしたら、今回のガン監督を追放させる作戦は、本当に報復目的があったのかもしれない。

何か、こんな事の繰り返ししてたら、ショービジネス界の人は、みんなビクビクして、品行方正で、本音は言わない人ばかりになってしまうんじゃないのだろうか?豪胆、毒舌、チョイ悪な人はいなくなっちゃうんじゃないだろうか?北野武監督みたいな面白くて魅力的な人が。

クリプラも以前、出演していたTVドラマ「パークス&レクリエーション」の内容を面白くする為に、

「かってに、パンツを脱いで画面に写ってしまい、その局の上層部の人に大目玉食らった」

って話してて、そういう所が魅力なのに、これからはそういう危ない事は絶対やってくれないだろう。

クリプラじゃなくてもやる人はいないだろう。

 

それに、過去の罪って、どこから許してもらえないの?どこまでなら許してもらえるの?

ガン監督の「昔はすごいワルでした。でも、今は改心していい人間になれるようにがんばってます」っていうのがメディアやSNSで見る彼の態度に表れてると思うのです。

そして、一番それを感じるのは『GotG』シリーズの中です。

『GotG』で、ロナンから攻撃され滅ぼされようとしているザンダー星の人々を助ける為に、「みんなで戦おう」と、仲間を説得するときのスター・ロードのセリフ

「今の俺たちは負け犬だ。色んなものを失ってきた。でも今日は失わない。今日人生はチャンスをくれた。人助けだ」

というセリフや、

『GotGVol.2』のラストで、いつも毒舌で喧嘩ごしで、仲間に迷惑かけるような盗みもしたロケットが、自分の行いや性格を反省して、仲間に謝るシーンのロケットの目から流れる涙とか。

私はガン監督にあの過去がなかったら、『GotG』シリーズがこんなに愛される作品にはならなかったと思います。

そして映画『GotG』シリーズ=ジェームズ・ガンなのです。

だから、自身が犯した致命的不注意のせいとはいえ、映画『GotG』にかかわれなくなるのは本当に悔しいだろうと思う。体の半分をもぎ取られたような気持ちなのでは?と思う。

『GotG』ファンもそうです。「Marvel:REHIRE JAMES GUNN」の署名が今、14万人を超えてます。見ていると、一秒間に2つも3つもカウントが増えていきます。

これが50万人位いったら、ディズニーも分かってくれるだろうか、

ガン監督が、自身の過去を悔い改め、変わる事の大事さを全力で投影した作品が、世界中のどれほどの人に元気を与えたか、どれほどの人の支えになっていたか、エンターテインメントを生業とする企業なら、自社のイメージの防衛よりも、まず、先にそこに目を向けるべきなんじゃないだろうか。

ちなみに、もし、私に小さな孫や子どもがいたとして、ジプリとか、ディズ二ーの作品で、子どもが見たがった映画や子どもと見たい作品があったとする。

それを作ったのが、ガン監督のような人だったら、見に行くか迷うかもしれないけど、ガン監督みたいな人がジプリやディズニーで他の作品を作っていても、自分が子どもと見たい作品には全く関わってなくて、その作品自体が、子どもにとっても、自分にとっても、素晴らしい作品なら、何も気にならず見に行って、大絶賛すると思う。

 

 

すでにガン監督による『GotGVol.3』の脚本は完成して、秋から撮影に入る予定だったそうですが、もし、その脚本も廃棄して、完全に別の『GotG』を作ろうとするなら、クリス・プラット(39歳)は出演を断って欲しい。突然大出世しちゃった後、家庭よりも、スター俳優としてのキャリアを優先した俗物のクリプラが世界のディズニーにたてつけるとは思わないけれど。

 

以下(     )内を8/1に加筆

 

  (いや、たてつきましたね。7/30発表した他キャストとの共同声明を張り付けたツイートで、はっきりと「個人的にはジェームズ・ガンの撮るGotGVol.3が観たい」と。これは、デイズニーへのソフトな非従順で、又、ペドフィリア(小児性愛者)というだけで、加害者にならなくても、強盗や殺人者と同等に扱われるらしい米国の世論や、今までの彼のファンからも大不評を買ってるようですが、社会的地位やキャリアを失う危険を承知でガン監督を支持するという"男の中の男 クリプラ"でした。すみません、私が間違ってました。クリプラ、大好きになりました更に惚れました。この件で彼のファンが減り、作品の興好成績が落ちて、ハリウッドでの今の地位を失う事があっても、私は彼を全力で応援します。日本で公開される彼の映画は十回以上観に行こうと思います。そんな事しかできないけれど)

 

今のクリプラがあるのは、ディズニーの会長のおかげではないですし。

絶妙なセンスでクリプラ=スター・ロードとひらめいて、ガン監督に彼を会わせたMCUのキャスティングディレクター、サラ・フリンと、まだ、デブで知名度も低かったクリプラをマーベルのコメディアクション映画の主役に大抜擢したガン監督と、その危ない賭けを支持してくれたケヴィン・ファイギ社長、この3人には、足を向けて寝れないでしよう、クリプラ。


ガン監督の弟のショーン・ガン(44歳 クラグリン役と撮影現場のロケット役)が、この人は普段から、SNSでユーモア溢れるお洒落なコメントを見せてくれるんですが、今回の騒動について、冷静に、誠実に、兄の気持ちも、そしてGotGファンの気持ちも、すべて汲んでくれてる素晴らしいコメントを投稿しています。

泣きそうになってしまう素晴らしいコメントです。

 

「僕が兄のジェームズを愛し、支持していることは言うまでもありませんよね。彼は友人であれ家族であれ仕事仲間であれ、ファンであれ、赤の他人に対しても親切で、寛大で、思いやりを持っている。僕はそんなところが誇らしい。

子供の頃から、彼は将来アーティストとなり、ストーリーを語り、コミックや映画、バンドを通じて自分の声を届けたいという情熱がありました(きっと運命でした)。その声を届けることに、時には不器用で、間違っていて、バカをやってしまって苦しむこともありました。時には、ワンダフルで、感動的で、陽気なこともありました。

彼が自分の全人生を映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』とMCUに費やすようになったのが6年前。映画の仕事を通じて、人にショックを与えるような人間がどんどん変わっていくのを、僕は見ていました。

僕は、大衆に向けて”角が取れて丸くなる”ことを懸念していた彼が変わっていくのを直接見ていました。”角”って、思っていたほど便利なものじゃなかったんだと気付いていったのです。こうして彼のストーリーテリングは、より良くなっていきました。僕は、不快で攻撃的なジョークで人を怒らせてばかりだった男が、心を開いていく様を見ていました。

多くの点で、彼に訪れた変化は、ガーディアンズに訪れた変化として反映されました。彼は、よくこう言っていました。ピーター・クイルがチームのみんなを”これは俺たちがやってのけるチャンスだ”と鼓舞するのは、自分自身に言い聞かせていたんだよ、って。

これは、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のキャストたちが報われる経験のひとつでした。僕も含めてね。僕達は、大予算のスーパーヒーロー映画に加わっていましたが、あの映画の真髄は極めてパーソナルなものでした。授かり物のようでした。それこそ、あの映画が素晴らしい理由です。

まぁ、これは新しい情報ではないですね。ジェームズがこれまで何度も、インタビューでもっと詳しく雄弁に答えていたことです。新たな解釈ではないですね。常に物語の中にあったものです。

僕は、ファンの皆さんにはこれからも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を観て、楽しんでいただきたいと思います。製作者がかつて馬鹿野郎だったということは事実ですし、その事実を理由として。どこまでいってもこの映画は、自分自身の長所を見出す物語なのです。

この映画を通じて、兄はより良い人間に成長しました。僕自身も成長させてくれました。それが誇りです。」

出典:THE RIVER 

 

 

それにしても、ガン監督が作らない『GotGVol.3』はどうなってしまうんだろう?

脚本を新しく別の人に書かせて、監督には、マイティ・ソーシリーズのコメディ路線変更を大成功させ、MCUファミリーの一員になったタイカ・ワイティティ(42歳)あたりを引っ張ってくる、なんてなったら、最悪です。私は許さない。……こういう事言う人に対してジェームズ・ガンが言ったんですよね

「映画は君の所有物じゃない、嫌なら見るな!」

って。スター・ウォーズ/最後のジェダイ(2017年日本公開)に文句を言う過激なスターウォーズファンに対するこのツイートを読んだ時、何という正論!と拍手したくなったけど、まさか、それが自分に帰ってくるとは……

でもさ、『GotG』シリーズが他のアクションコメディと違うのは、面白いだけじゃなくて、感動させてくれる所で、ワイティティ監督は、面白い作品は作るだろうが、ガン監督のように面白くて、かつ感動させてくれる作品を作れるとは思わない。

何故ならワイティティ監督が撮ったマイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年日本公開 脚本:エリック・ピアソン)はソーシリーズの3作目だから、劇中のキャラクターは前2作とつながってなければならないはずなのに、ソーの人生を変えた運命の女性、ジェーンが出てきません。ソーが王位継承権を捨ててまで、愛を貫こうとした女性。、、その人との物語は、ソーというキャラクターの誠実さを表す大事な部分なのにその人が出てこない。出てこない理由が、「別れた」という一言のセリフ でかたずけられています。別れた理由も何も説明されません。ソーが彼女の事を考えたり、思い出して感傷的になっているシーンも全くありません。

脚本家がそう書いたからって、又は、ジェーン役のナタリー・ポートマン(37歳)がスケジュールの都合で出れなかったからって、監督としては、それを、そのままよし!としてはダメでしょう。

ワイティティ監督って1作目、2作目ちゃんと見たんだろうか?と。

1作目から観続けているファンから見たら、この人、面白さだけ追及して、キャラクターへの愛情が全くないと、思われても仕方ないと思います。

ガン監督は『GotG Vol.2』を作るにあたって、一番大事にした事は

「キャラクターの気持ちを丁寧に表現する事」

と言ってました。

だから、私は、この人の作る作品は、ただ、面白いだけでなく、観終わった後、いつまでも心に残るんだと思います。

『GotGVol.1』でのピーター・クイル(スター・ロード)と最強女暗殺者ガモーラの関係性も、最初は、ピーターの事を、「クイル」と苗字で呼んでたガモーラが、辛苦を共にした後、ピーターを信頼し、友情で結ばれた仲になると、「ピーター」と名前で呼ぶようになります。Vol.2では、更に友情が愛情に変わっていく様子を、自然に、全く違和感もご都合主義もない流れで描いてます。

ピーターと義父ヨンドゥとの間柄もそうです。

Vol.1の時から、ヨンドゥがいかにピーターの事を愛してるか、可愛がってるか、をちゃんと見せてくれてます。だから、Vol.2でヨンドゥが、ピーターの為に自分の命を捨てた事に、違和感なくボロボロ泣けるのです。

 

『GotG』シリーズで唯一、キャラクターをご都合主義で描いてる場面。

Vol.1のラスト近くの悪役ロナンとスター・ロードのダンスバトル。まずパワーストーンをつけているロナンが触れただけで、ザンダー星の動植物はすべて消滅するとスター・ロードが説明してたのに、ロナンがザンダー星に降り立っても、人々はみんな生きていた。この時点で、脚本が破綻していると思うのだが、更にその生きている人々が遠まきで見ている中で、スター・ロードがロナンにダンスバトルを仕掛けるのだ。そのあまりにくだらない言動のせいで、ロナンが茫然としている隙にロケットが用意した武器でロナンを撃っちゃうという場面。

冷酷で無敵なはずのロナンが急にすごいお人よしに変わってしまった、大ご都合主義の、一歩間違えると、すべって大失敗になってしまう場面でしたが、クリプラとロナン役のリー・ペイス(39歳)のコメディセンスで、見事なオフビートコメディシーンになった為、ご都合主義を凌駕していました。

この、ドラマ部分は丁寧に、笑わせる部分は徹底的にくだらなく、というさじ加減。これが、GotGの、そして、ガン監督の真骨頂であり、それは、コメディー畑の、他の監督にはまねできない事だと思います。

もし、ガン監督抜きで、『GotGVol.3 』が作られて、面白いだけで、感動できない物になっちゃったら、嫌なので、そうならないようにVol.3はもう、作らないで欲しい。

みんなに愛されてるVol.1Vol.2だけでいい。有終の美を飾って終わりにして欲しい。

「映画は君の所有物じゃない、嫌なら見るな!」

と言われたら、一言も返す言葉がないけれど。 

 

 

優等生映画『ドリーム』に感じた違和感

『ドリーム』及びシェイムレス』のネタばれあります。


このブログは、負け犬のおばさんのひがみとか泣き言を綴るブログに化してしまった感満載なので、今回も負け組側から感じるHAPPY SUCCESS大団円映画に感じる不自然さについて、主張したいと思います。

『ドリーム』(2017年日本公開)

監督:セオドア・メルフィ
脚本:アリソン・シュローダー
   セオドア・メルフィ
キャサリン:米国初の有人宇宙飛行計画の成功に多大の貢献をした。白人、黒人、インデアンの混血児
   タラジ・P・ヘンソン   
ドロシー:NACA(NASAの前身)で黒人女性で初めてスーパーバイザーになった。
   オクタヴィア・スペンサー 
メアリー:NASAで黒人、女性で初めてエンジニアになった。
   ジャネール・モネイ 

映画『ドリーム』予告A

あらすじ

1961年のバージニア州ハンプトン。アメリカ南部において、依然として白人と有色人種の分離政策が行われていた時代。優秀な黒人女性のキャサリンは、同僚のドロシーとメアリーと共にアメリカ南東部のラングレー研究所で計算手として働いていた。

ソ連人工衛星打ち上げ成功を受けて、アメリカ国内では有人宇宙船計画へのプレッシャーが強まっていた。そんな中、キャサリンは上司のミッチェルからスペース・タスク・グループ(英語版)での作業を命じられた。図らずも、キャサリンはグループ初の黒人でしかも女性スタッフとなったのだが、劣悪な環境に苦しめられることとなった。

キャサリンに対する同僚の反応は酷いもので、エンジニアを総括するポールに至っては露骨に嫌な顔をし、機密であるとしてキャサリンに黒塗りの資料しか渡さなかった。計算部の代理スーパーバイザーであるドロシーは、事実上の管理職として自身の昇進を願い出ていたが、白人女性のミッチェルに前例がないという理由で断られていた。

また、メアリーは実験用の宇宙カプセルの耐熱壁に欠陥があることに気がついていたが、上司からのエンジニアへ転身する勧めを「女で黒人でエンジニアになることはできない」として諦めかけていた。エンジニアへの転身には、学位が必要だったが、そのためには白人専用の高校に通わねばならなかった。

ついに「マーキュリー・セブン」がラングレーに異動してくる。黒人たちは彼らに接触できないよう、歓迎の場も分けられていたが、ジョン・グレンは彼女たちに親しく接し、感謝を述べた。

キャサリンは黒塗りの資料にも関わらず、正確な解答を導き出し、やがて上司であるハリソンも彼女の能力を認める。メアリーはついに裁判所に訴えを起こし、通学の権利を勝ち取る。そしてドロシーは、最新型コンピューターIBMの導入を見、計算手が解雇されることを見越して、自らコンピューター工学を学び、黒人女性計算手達に教える。

ソ連との宇宙開発競争の中、ついに1961年4月12日、ソ連ガガーリン少佐はボストーク1号で有人宇宙飛行に成功する。マーキュリー計画の続行も危ぶまれるが、5月15日、ジョン・F・ケネディ大統領は月面着陸を目指すと表明する。計画の続行に関係者は安堵するが、スペース・タスク・グループの仕事も多忙を極めていく。

そんなある日、キャサリンが席を外したことをハリソンは叱責する。キャサリンは、自分が800m離れた有色人種用トイレに共用自転車を使えず徒歩で往復しなければならないこと、職場の服装規則である真珠のネックレスを買えるほどの給与を得ている黒人女性がいないこと、珈琲ポットさえも人種分けされ、のけ者にされていることを逆に大声で訴える。せめて日に数度、席を外すことは許して欲しいと。ハリソンは程なく、「有色人種用」のコーヒポットや看板を無くし、NASAから人種差別を撤廃させようとする。

キャサリンは、やがて重要な会議にも出席し、席上で見事な計算をして落下位置を予測してみせ、その能力でグレン達宇宙飛行士の信頼を勝ち取る。そしてジムと再婚し、ハリソンから真珠のネックレスを贈られる。一方、ドロシーは予想通り、コンピューター技術者として引き抜かれるが、他の女性計算手も一緒でなければ応じないと強硬姿勢を見せる。しかし彼女達しかIBMを使いこなせず、その要求は認められただけでなく、白人女性たちも彼女に教えを請いに来た。メアリーの通学に反対していた夫も、やがて彼女の努力を認め応援するようになる。

1962年2月20日、ついにアメリカはマーキュリー・アトラス6号打ち上げの日を迎える。グレンはコンピューターの計算に不安を感じ、キャサリンの検算を要求する。検算の結果、無事に打ち上げられ、落下位置も計算通りだった。

エピローグで、ドロシー、メアリー、そしてキャサリンのその後の活躍が紹介される。


出典:ウィキペディア




私は人が言った事とか、やった事をよく覚えていて、それを基に、この人は、こういう性格なんだろうな……
と独断で類推して楽しむ癖があります。
で、以外とそれが当たってる事が多いので、ますます人間:ウォッチングに傾倒してしまったのですが、数字、機械に人並み外れて強いとか、物理学が大好きとかいう方には、にじみ出るような情の深さを感じない、女性だと、あまり、母性を感じない人が多い気がします。(100%独断です)
決して女らしくない、とか、優しくない、とかではないです。

でも、"母性"というか、清濁合わせて呑みこめるような部分、理屈や理性とは、真反対の感性は感じられないのです。
例えば保育師とか幼稚園教諭、カウンセラーみたいな職業、相手の心に寄り添い、見守り、良い所も悪い所も受け入れるという技能が必要な職業の方々には、理系脳の人はいないと思います。答は一つしかない、と言うのが好きな人には、耐え難い仕事だから。
(もし、自分は完全理系だけど、そういう職業だよ、という方がいらっしゃいましたら、ブログの1番下のコメント欄に何でもいいので言いたい事書いて下さい)

主人公、キャサリンと3人の娘との寝室でのやり取り。
残業して遅く帰って来たキャサリンが、娘達がもう寝てる筈の寝室に行くと、二つしかないベッドの上で3人が喧嘩しています。
次女と三女が、
「長女だけ1人で一つのベッドで寝て、自分達は、2人で一つのベッドなんて、ズルい」
と文句を言い、争ってるのです。
キャサリンは、子どもを頭ごなしに叱りつけたり、無理やり喧嘩をやめるように命令はしません。
彼女が、次女と三女に、
「長女みたいに、皿洗いやゴミ出しを手伝ってくれるなら、1人一つのベッドで寝ていいわよ」
と言うと、次女と三女は、即座に納得して、2人で一つのベッドに横たわります。この行動も、7年間、子ども相手の仕事をしてた私からすると、子どもらしくない妙に物分かりが良すぎる行動に感じますが、キャサリンの、その機転のきいたセリフは、ベテラン保育士が子どもを扱う時に使う様な、本当に100点満点の接し方だと思いました。
その後も、
「ママは宇宙飛行士になるの?」
と聞かれ、
「違う」
と答えると、三女が
「ママは宇宙飛行士になって宇宙に行ける」
と言いながら、キャサリンがロケットの中で宇宙飛行士になってる絵を差し出します。キャサリンはそれを嬉しそうに(なふりをして)受け取り、「ありがとう」とか「愛してる」とか言って、他の二人にも同じアメリカ式のおやすみの儀式をして寝かしつけます。
移動したばかりの、なれない、そして周囲は敵ばかりの職場で、遅くまで残業してきて、子どもにこんな100点満点の対応ができる女性って、この世にどれぐらいいるでしょうか?保育士のお母さんだってできないかもしれない……しかも彼女の場合、普通の女性でも、ただのリケジョでもないのです。何百人に一人というレベルの数学の天才なのです。
そこまでの天才で、社交的で誰にでも優しくて、子どもの扱いも保育士並みに上手な女性ってありえますか?実生活では勿論、映画やTVドラマ等のフィクションの世界でも見た事ないです。
TVドラマケイゾク(1991年、TBS系金曜ドラマ)のヒロインは、身なりにかまわない理系オタクだし、『SPEC』(2010年~ TBS系ドラマ)のヒロインも、協調性ゼロの非常識人で、天才ってやっぱ”どこか欠いてる”のが、お約束ってのが多いし、又、そういうキャラクターゆえに魅力的なんじゃないでしょうか?
又、この作品の肝である1961年当時の米国内での黒人差別についても、
作品中では、人種差別を強調する為に、NASAの敷地内で、白人と黒人はトイレが別だったと、フィクションされ、キャサリンが遠くのトイレまで行かないとならず、とても苦労させられたという話になってますが、ネットで調べたら、実際には、1958年に差別トイレは撤廃されていたそうです。ただ、それでも、黒人と白人が別のトイレを使う事が暗黙の了解になっていたそうですが、キャサリンはそれを無視して、白人が使うトイレを堂々と使っていたそうです。

又、作品中では、ドロシーは有人宇宙飛行が成功した1962年にやっと、黒人として初めてスーパーバイザーになった事になっていますが、実際には、1949年にはスーパーバイザーになっていたそうです。
シェイプ・オブ・ウォーター(2018年日本公開)では、有色人種は米国国民じゃないと規定され、人間扱いされていなかった為に、政府の秘密研究所で清掃員をしてました。そんな非化学的、非合理的な差別社会の時代に、黒人女性がスーパーバイザーになれるNASAの、科学的に先端だっただけでなく思想的にも合理的でリベラルだったという部分、そして、キャサリンの、非合理的な慣習を無視して堂々と行動する勇気と先進性を描く事の方が黒人差別を描くよりずっと大事ではないか、と感じました。

黒人て、差別されててかわいそうだったんだなぁ、という安っぽい感傷より、時代の先端を行く人々の、
「精神的にも偉大だった部分」
を見せてもらった方が感動が深くなったと思います。

第89回アカデミー賞の作品賞、助演女優賞、脚色賞にノミネートされ、米国の大手批評サイト、Rotten TomatoesのTOMATO METER(プロ批評家の評価枠)と、AUDIENCE SCORE(一般人の評価枠)…両方が93%の高評価で、日本でも大勢の方が2017年のBESTと称賛する作品。
人種差別や女性蔑視と戦い、科学の分野で偉業をなしとげた3人の女性の、普通に考えたら、感動必至な作品。
でも、その女性達が、数学において、突出した才能がある為に、それとひきかえに、対人コミュニケーションに難あり、とか、頭が良すぎる為に普通の人と違う事をしてしまい、誤解されて苦労する等の陰の部分は全くなく、一生懸命仕事してたら、順調にいって成功しました、という明るくて綺麗な話だけで終わってしまっているので、負け組のおばさんには、カタルシスも、涙がこぼれる程の感動もなく、観終わったらすぐに忘れられそうな作品でした。

伝えたい事が違うからなんでしょうか、ビューティフル・マインド(2002年日本公開)(これも、実在の偉人の話で、都合の悪い事は隠してはいるのですが)や『グッド・ウイル・ハンティング/旅立ち』(1998年日本公開)のような存在感はありませんでした。


シェイムレス 俺たちに恥はない』


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今、WOWOWで、シーズン7を放映中の米国ドラマシェイムレス』にも、天才が出てきます。
シカゴのサウスサイド、低所得者の町で、育児放棄、無職、クスリや酒びたりの両親に育てられ(育ててないが)掃きだめの中で、悪知恵と家族愛&友情、そして人間としての良心を武器に、逞しく生き抜いているギャラガー兄弟。
その長男フィリップ(演じるのはジェレミー・アレン・ホワイト 27歳。 写真の向かって左から4番目の人)はろくに勉強できない環境にいるのに、いたれりつくせりの教育を受けている上流家庭の坊ちゃん、嬢ちゃんに軽く勝ってしまう頭を授かった天才タイプです。兄弟や地域の期待を背負って奨学生待遇で入った大学で、(この人、背も高くなく、とびぬけてイケメンじゃないのに何故かもてる)熟女教授と学内でメイクラブしてるとこを見つかり、厳重注意されたのに、掃きだめで育ったせいか、グズ人間の父親の遺伝なのか、その後も大人しくなるわけもなく次はアルコール中毒による暴力ざたを起こして、とうとう退学になります。でも、彼の事を「掃きだめで終わるのはもったいない」と、買ってくれてた別の教授の世話で、アルコール矯正施設に入り、依存症を克服した後、その教授の働きかけで、大学の諮問会を開いてもらい、復学できるか、協議してもらいます。
が、結果は本人や教授の予想に反して、復学は不可、一度復学を期待してしまったフィリップは大きく気落ちして、又荒れた生活に戻ってしまいます。
というわけで、人生に、劇的な、道徳的な解決はない、というダルデンヌ兄弟是枝裕和監督風のストーリーがこれでもか、とテンコ盛りに続いていきます。
やっぱ、私ってそういう作風が好きなんだなあ……と改めて思いました。
ちなみに邦題が「センス悪い」と評判が良くない、この『ドリーム』(これは作品の制作スタッフのせいではなく、原題の『Hidden Figures』をこの題名に変えて公開した20世紀フォックスが悪いんですが)に比べて、ダルデンヌ兄弟『ある子供』(2005年日本公開)とか、是枝監督の『誰も知らない』(2004年公開)やそして父になる(2013年公開)は、ほんとにいい題だなあ、といつも思います。媚を売らないドキュメンタリー寄りのクリエーター達のセンスって粋です。

自分に似た人 『ラブレス』 

『ラブレス』のネタばれあります。

 

 

今凄く観たい映画があります。

『ラブレス』というロシア製のミニシアター作品です。

『ラブレス』 

(4/7~順次公開)

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監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ(54歳)

脚本:オレグ・ネーギン

   アンドレイ・ズビャギンツェフ

 

 

あらすじ

一流企業で働くボリスと美容院を経営するイニヤの夫婦。二人はそれぞれ、別にパートナーがおり、一刻も早く別れて新しい人生をスタートさせたいと思っている。問題は12歳の一人息子アレクセイのことだ。夫婦どちらも、新しい生活に息子を必要としていなかった。ある晩、二人は激しく罵り合い、お互いに息子を押し付け合い口論をする。翌朝、学校に出かけた息子はそのまま行方不明に。彼らは必死で息子を探すがーー

 

 

  • 審査員賞

 外国語映画賞

セザール賞2018年43回
  • 外国映画賞

 出典:Filmarks

 

  

東京まで1万円出して行かないと観れないのですが、"シャッター商店街の中の寂れた電気屋"のような、このブログに書き込む為に1万円出す気にはなれないので、5/26からの地方公開を待ってます。でも、あらすじやレビューを読むとものすごく心に突き刺さりそうな作品なので、まだ観てないのに、先に、見たつもりレビューを書いてみます。

こんないい加減な事も平気でできるのは、失う物がないブロガーの便利なとこです。

 

失踪した息子アレクセイは死んだのか生きているのかどうかわからず捜索は打ちきり、この母親は別の人と再婚するが、幸せそうではなく、父親も別の女性と 再婚し、子どもが生まれるが、その子への愛情もなさそう、という救いのない終わりだそうで、まさに現代的な病を描いた作品という感じです。

この作品の中には、死んだ目でスマホをいじっている人々が象徴的に出てくるそうです。

又、この母親が、息子に一人で朝ごはんを食べさせている時も、喧嘩している最中でさえ、常にスマホを離さないそうです。

 

以前、どこかの公園だったかと思いますが、こんな光景を見ました。

ベンチに座る若いお母さんがスマホをいじっていると、男の子が駆け寄ってきて、

「ママー、逆上がりできたー!」

と嬉しそうに報告すると、お母さんはスマホから目を離さず、

「そう、じゃ、もっとやっといで」

と言って子どもを追い返してました。

多分、初めてできたんでしょう、逆上がりが。嬉しくて嬉しくて知らせに来た我が子にこれですよ。

私は暫く開いた口が塞がりませんでした。

出産後に子育ての楽しさを知り保育士の免許を取ったような、そういう私だから余計オーバーに感じるのかもしれませんが、これからの日本を悲観して暗い気持ちになってしまいました。

これって文明の発達は大きな公害を伴うという分かりやすい例ですよね。

昔だったら、お母さんやお父さんが、子どもを公園とか遊園地に連れていって、たとえ、「めんどくさいなあ、つまんないなあ」と思っても、スマホなんてなかったから仕方なく子どもの相手をしてたのに。

 

先日、我が県の最大シェアを 占める  新聞の紙面に、Googleの宣伝広告が大きく載ってました。

その部分を写真で撮って載せれば、一目瞭然で分かりやすいのですが、新聞の著作権てとても厳格なようなので、いつものように、ネットから引用の範囲で引っ張ってこれないため、説明しますと、

お年寄りなど、普段あまりネット検索をしない方々に、

[どこかいいお出かけスポットを探している時は、近所の人に聞く前に、Googleで検索してみよう]

と呼びかけている内容の広告です。

一見するとGoogleが便利な事を教えてくれてるようにみえますが、よく考えたら、

お年寄りなど、ただでさえ、社会との接点、交流が多くない方々に、更に交流を減らして、近所の人と会って、話をするより、自宅でスマホを見て過ごしましょう、と呼びかけてるのと同じだと思うのですが、

これって、今、国や自治体が高齢者福祉の分野で一生懸命すすめている、呆け防止、高齢者の孤独防止の為に、

「人と話しましょう、地域ともっと交流しましよう」

という方針と真反対だと思います。

でも、今の資本主義経済の繁栄の頂点に君臨するGoogle、そんな企業の方々にとっては、高齢者の福祉問題なんてどうでもいい事なんでしょうね。

 

ただ、私、この『ラブレス』の様な母親、自分の人生に自分の子どもが邪魔だと思ってしまう人間の気持ちも分かるんです。

私は、独身時代、純粋に、子どもが可愛いとか、欲しいと思った事はありませんでした。

ただ、結婚したら、娘を産んで、自分と母親の様な友達親子になり、買物や食事や旅行を一緒に楽しみ、娘の産んだ子(孫)を自分のやりたいように可愛がって、幸せな老後を送る計画は、はっきりたてていました。

 

私も、自分の幸せの為に、子どもを使おうとしていたのです。

その罰のように、第1子は男の子で、しかも、いっときもじっとしてない、1歳半検診の時に、保健師さんから、ADHDの疑いがある、と言われる程の大物だったので、体力的に毎日ヘトヘトで、娘が欲しいから二人目を、なんて考える余裕もなかったのですが、

そんな息子でも、1人では何もできない乳児の時から自分の時間を捧げて育てていくうちに、その苦労が更に子どもを可愛く大切に思わせてくれて、子育てが人生の張りになり、ちゃんと子どもを愛せる母親になれたわけです。

 

でも、もし、私が10代や20代前半で、色んな経験をしないで、母親になっていたら、そんな風に諦めがついて、親としての責任を持てたか…

 

私は享楽的な大学生活、刺激たっぷりのOL生活、海外生活、オートバイ、山登り、その他色々な経験をした後、年貢の納め時と思って結婚した為、母になってからは、「遊びたーい」という欲望で苦しむ事がありませんでしたが、もし私がまだ遊びたい若さで、思わぬ妊娠や、何かの目的の為に子どもを産んでしまったら、『ラブレス』の女主人公のように、大人にも、母親にもなりきれず子どもをいらないと思ったかもしれないです。

若くして母になって、自分の人生を犠牲にされたように感じても、それでも、子どもを愛し、幸せな親子関係をきづいている女性は大勢いるし、そういう方が殆どだと思いますが、私はそうなれなかったかも知れません 。

私も『ラブレス』の女性主人公と同様、自分優先の性格だからです。

自分の人生を自分の計画通りにしたくて、それを何かに邪魔される事に腹が立つ、エゴの塊なのです。

だから、欲しくてたまらなかった娘を持てなかった事を、他の普通の、息子だけのお母さん達のように、

「運なんだから仕方ないよ」

と、おおらかに諦めて、他人を妬まず、ひがまず、幸せに生きられないのです。

この作品のレビューを読むと、

[自分の幸せ優先に生きる人って、結局不幸になる]

というような感想が多いのですが、それは、自分にも当てはまり、まるで自分の事を言われてる気分です。

アレハンドロ・イリャニトウ監督(54歳)の

「人は失ったもので形成される。人生は失うことの連続だ。失うことでなりたかった自分になるのではなく、本当の自分になれるのだ」

という言葉に感じるのと同じ、人生の真実な気がします。

今の私が本当の自分なのか……

淋しい老後を、でも、淋しさにも慣れて、運命をどっぷり受け入れて生きていくんだろうな。

努力すれば人生は思い通りになる、と信じて疑わなかった若い自分が懐かしい。

 

ささやかな幸せ

 

 

 

 

今月は友人達が花見やランチに誘ってくれたりで、楽しい事で忙しいという、ここ何年も縁のなかったリア充を経験してしまい、ブログを書かなきゃ、という気が薄れてしまいました。

もともと、たまにでいいから、自分の意見や批評に共感してくれる人、又は反対意見の人からコメントをもらいたい、映画について誰かと語りたいという目的でブログを始めたにもかかわらず、8カ月過ぎても、今だ誰からもコメントいただいてない、というどん底なブログ生活なので、書く意欲も低いわけです。

リアルな世界の方で自分が必要とされて幸せで忙しいなら、ブログを書く時間がなくて、閉じる事になっても仕方ないと思っているんですが、1カ月1記事という今月でさえ、アクセス数が400以上もあるのを知ると、潔くやめられません。いや、400アクセスなんて、ネット充なブロガーの方達からしたら、スズメの涙なんでしょうが、私のようなどん底ブロガーにとっては、「何故、400も?」と唖然としてしまう数字なのです。

(今回も期待はせずにいますが)この記事を覗いてくださった方でブログの事情に明るい方がいましたら、教えていただきたいのですが、こういう現象は別に変わった事じゃないんでしょうか?

 

という事で、最近、わざわざブログに載せる程の感想を書きたい映画を見てないので、(楽しみにしてたレッド・スパローも心に突き刺さる程の刺激も新しさも、俳優さん達の魅力も感じる事ができませんでした)

 

すごい良かった星野リゾート界川治』の感想を書きたいと思います。

何故良かったかというと普通のサラリーマン家庭でも無理な値段じゃなかったのです。

客室グレードアッププランというのを使って、とてもおしゃれな部屋を一泊2食付きで一人23000円です。        

あの超高級な、庶民には一カ月分の家賃より高いじゃん、という所もある星野リゾート

食事なしで、一番安い部屋が、一人、49500円~の『星のや京都 』

憧れの、でも、他の事を全て犠牲にしないと、行けない所。

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ここ程ではなくても、海外はもちろんの事、国内の”星野リゾート”と名のつく所は低価格帯グループに属する”界”というシリーズの温泉旅館でも、だいたい一泊2食、一人25000円以上する所が殆どですが、東北の方だけは安くなっていて、25000円もかからなくて、庶民でも泊まれる価格です。ただ私の住む静岡県からだと遠すぎて、一泊2日の小旅行だと行くだけで終わるので、せっかくの旅行が楽しくなくなる可能性大です。そんな、静岡県の庶民が楽しく無理なく泊まれる場所(浜名湖にもありますが、静岡県人で、わざわざ浜名湖を観光したい人は少ないと思います)が星野リゾート界川治です。

 

川治温泉は栃木県日光市にある、鬼怒川温泉郷より更に奥のひなびた温泉郷です。

その、多分、つぶれたか、つぶれそうになった旅館を星野グループが買い取ってリニューアルオープンしたと思われる『界 川治』

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その『野州麻紙の間』

  

 

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こんな和紙の風情がオシャレな部屋です。

 

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館内のあちこちに、このご当地産の和紙のオブジェが。

又、川治の郷土民芸品があちらこちらに、お洒落に品よく飾られていて、雰囲気最高です。

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渓流に面したラウンジには、昼間も灯りがともっている可愛い瓢箪の電球がぶら下がっています。

 

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瓢箪型の電気スタンドもライブラリールームの各机にのってます。

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露天風呂にも瓢箪が。

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この瓢箪型の電球、ほんとに可愛いですが、ラウンジにあるギャラリー風に商品を飾ってある土産屋さんコーナーで見たら1万円でした。

 

そういえば、このお土産屋さんコーナーについて、思う事がありました。

最近、温泉好きな友達の要望を聞いてとか、我が一族中、一人だけセレブの弟の好意で、結構高級感のあるホテルに泊まる経験をした時、私達が朝食の食事に行ってる間、又は部屋で朝食を食べる前に、中居さんが布団をしまいに来るので、

「何故、こんな早くにさっさとかたずけちゃうのかな?」とつぶやいたら、高級旅館に泊まり慣れている友人から「部屋から何か盗まれてないか、とか何か壊されてないかの確認も含めてやるんだよ」と言われました。友人の話が正しいかどうかは分かりませんが、確かに、普段自分達家族が国内で泊まるようなルートインとかアパホテルとかだと、経営者側も多少、消耗品以外に何か持ち帰られちゃったり、悪質な場合は、何か盗られてしまって、宿泊客が帰った後気がついても、まあ、仕方ないか……みたいな雰囲気があるように感じます。

そこで、この界川治のお土産屋さんコーナーのセキュリティについてですが、

朝早くラウンジにコーヒーマシンの無料のコーヒーを飲みに行ったら、(このコーヒーもカルディで買ってきた粉を家で一杯ずつ作って飲んでるのよりも美味しいのです)

レセプションにもどこにも、館内にはまだ、従業員さんが、いなくて、静かなライブラリーで一人、コーヒーを飲みながら、『日本の路地裏』という写真集を見て、山のホテルのリゾートを満喫していたら、おじいさんが、出てきて、「おはようございます」と声をかけてくれ、「ああ、この人が今日最初の出勤者なんだな…」と気がついたわけなんですが、お土産品て、郷土民芸の中から、上品で粋な物をピックアップしておいてあるだけあって、益子焼やブドウのつるの篭や蒔絵のお重など、何万円もするような物もあるのに、鍵のかかる場所じゃなく、こんなラウンジの一角に飾ってあって、夜中、邪悪な人がこれを盗みにきて、自分の旅行鞄に忍ばせて帰っちゃったら、どうするんだろうな……と思いました。

まあ、防犯カメラで監視してるんでしょうが、それでも、もし、本当に何か、高価な物が盗まれた場合、従業員達がその日に泊まった宿泊客全員の顔を全部把握しつくしてないと、防犯カメラの映像も役には立たないし、フードやマスク等で顔を覆った人が犯人だったら、顔を全部覚えてても、割り出せないだろうから、

「もし、高額商品が盗まれても、仕方ない」

みたいなリスクを背負って、こういうオシャレな販売方式をしてるんだろうな、と思いました。さすが、高級リゾートグループ、心意気が違う。ま、でも、高額なお土産品には保険がかけてあって、そういうお金が宿泊費の高さに反映されている可能性も大だし、中国人含め、外国人は一度も見かけなかったので、2万円前後のホテルに泊まる日本人ならそういう低品度な人もほとんどいなくて、できる事なんだろうな……と。

でも、それにしても、私達が泊まった時も、普通そうな家族連れがいっぱいいたし、

私達夫婦も、旅行鞄なんて持たず、Dパックしょって来ちゃうような高級な生活とは縁のない日本人です。でも、そういう庶民でも、「窃盗はすごーく悪い事」という倫理感をみんな持ってる気がして、誇らしく感じました。

横道にそれてしまいましたが、界川治がすごーく良かった理由の70%位が、

「郷土の旬の食材を使った遊び心のある日本会席」

という宣伝文句を裏切らない味とビジュアルの夕食でした。

庶民の私にとっては、今までで最高のBEST of BESTの会席でした。

 

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先付けも斬新です。

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桜餅がおすましになってました    

 

 

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八寸も綺麗かつ芸術的な薄味の美味しさです

 

とまあ、こういう芸術品的な品がデザートまで続きます。

会席料理って綺麗でも、生臭かったり、味が濃すぎたり、逆に薄すぎてがっかりしたりというのに遭遇する事も多いですが、この会席は私の味覚と視覚に100%合致してました。

欲を言えば、この会席の夕食を、酒飲みで、故に味の濃い物が好きで、男で、故に食べ物のビジュアルにはあまり興味がない旦那とではなく、私と味覚が同じな女友達と、きゃっきゃ言いながら、味わいたかったなー。

 

特に朝食についてくる鬼子蔵汁(右上の)

を食べた時の感動は女友達と分け合いたかったー!

大根、カボチャ、さつま芋、里芋、ゴボウ、人参、青菜、こんにゃく、等9種の野菜と椎茸、お餅、豚バラ肉、お揚げを野菜そのものの味を残して薄ーい透明の出汁で染み込むまで煮て、ごま油もさしてある栄養的にも、美味しさ的にも最高の一品。

旦那には美味しくなかったようです。

 

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あ、そんな事思っても、言っちゃいけませんね、46000円も出してくれて、静岡から、栃木まではるばる運転して連れていってくれた旦那さんに感謝です。

 

 ありがとうございました。

 

ちなみに、はるばる栃木まで行ったので、藤の花で全世界的に有名な足利フラワーパークにも行きました。

でも、界川治の滞在があまりに充実してたので、こっちの方はもう記憶も薄れています。花、結構好きなんですが…

 

写真撮影に重点を置いてないスマフォなので、独特の薄いピンクオレンジ色が綺麗にうつせませんでしたが、今回の旅のそこかしこで見た栃木県の県花ヤシオツツジアカヤシオ、ほんとに綺麗でした。

界川治の庭でも新緑の緑とお互い引きたて合ってました。

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界川治、泊まるホテルで高級感やおしゃれさを味わいたい、薄味、綺麗な食べ物が好き、という関東、東海地域の方にはほんとにおすすめです。

従業員の方々も、さすが星野リゾートというレベルの丁寧な接客をしてくれますし、若者が多いんですが、その方達が地元、川治を愛してる、という感じが溢れてて気持ちいいです。

 

今回は映画に関する話ではなくて、もしも、このブログを映画についての話と思って覗いて下さった方、ごめんなさい。

『マスター』と『フランス特殊部隊RAID』 俳優達の魅力を楽しむ

 

ストーリーやテーマは目新しくはなく、観る動機にはならないですが、演じてる俳優さん達の魅力で、2時間(又はそれ以上)たっぷり楽しめる作品を観ました。

 

『マスター』

 (2017年日本公開)

監督、脚本:チョ・ウイソク(42歳) 

あらすじ

投資会社のチン会長(イ・ビョンホン)は、その綿密な計画性と天性の口のうまさを駆使し、韓国最大規模のネットワークビジネスで多額の資金を市民から巻き上げる。やがて会社は倒産、チン会長は金と共に海外へ逃亡する。警察の知能犯罪捜査班のキム(カン・ドンウォン)は、優れた知性を武器に彼を逮捕すべくチームを編成。チンの部下だったITの天才パク(キム・ウビン)を仲間に引き入れ、チンの足取りをたどっていく。だが突…

出典:Filmarks
 

 

MASTER ãã¹ã¿ã¼

 

カン・ドンウォン(37歳)とイ・ビョンホン(47歳)は

私が最も好きな容姿の韓国男優と最も嫌いな容姿の韓国男優です。

デュエリスト(2006年日本公開、監督:イ・ミョンセ、脚本:イ・ミョンセ、イ・ヘギョン)を観た時、「現世にこんな美しい男がいるのか…」と驚愕しました。 

  
 

 

  

 

 

 デュエリスト、作品自体は韓国内でも興収面で大惨敗、ストーリーも穴だらけで、映画ではなく、カン・ドンウォンを見せるPVだ、と酷評されてますが、美しい男が好きな女性にとっては、ため息の連続の、これも又俳優の魅力を存分に楽しめる作品でした。

 

コスプレしてるから、二倍増しで綺麗に見えるんじゃないか、と思われるかもしれないので、コスプレなしの顔も。

 

 

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そして、日本では、中年以上の女性10人に聞いたら、多分、8人は知ってるだろう、人気、知名度NO.1の韓国男優イ・ビョンホンさん。ですが、私はみんな何故こんな猿みたいな下品な顔にキャーキャー言うのか、理解できません。ただ、あんなに美しいドンウォン君が日本では全然知名度がなく、あのさる男があんな絶大な人気があるという事は、容姿の好みって人によって千差万別なんだなぁとつくづく納得させられます。

故に、私が、圧倒的多数のさる男のファンの気持ちが理解できないのも自然の摂理という事で、もし、ビョンホンファンの方が読んでくださっていたら、まるでけんかを売ってるかのような私の言葉を許してください。 ただ、この『マスター』を観て、私、やっとイ・ビョンホンさんの凄さが分かりました。何か、『マグニフィセントセブン』(2017年日本公開)の時よりハンサムになってるし、カリスマぎらぎらで、オーラも大放出してる天才詐欺師役がぴったりでした。のり移ったかのように。

 

ドンウォン君も、今までは、悪の化身みたいな悪役か、哀愁漂う中性的な美青年役(といっても、もう37歳のおじさんですが)が一番似合う、というのが、ファンの間での定説でしたが、10キロ太って演じた、この作品の硬派で男らしいキム刑事役がとても似合っていて、イメージを決めつけてしまっていた自分のおろかさを実感しました。

そして、もう一人の主役、キム・ウビン(28歳、現在、鼻咽頭癌で闘病中)。ビョンホンさん演じる詐欺師のチン会長の部下で、天才ハッカーのパク・ジャングン役。

 

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この人の韓国アイドルぽくて、癖のある顔が、最初は好みじゃないなあ、と観てたんですが、途中から、ジャングンという人間のチャラ男な見かけに反する人の好さとか、完全な悪(チン会長)と完全な正(キム刑事)の間で揺れ動く普通の人間としての人間臭さが、この作品の魅力を倍増させている事に気づいて、楽しませてもらいました。

他にも、名バイプレイヤー、オ・ダルス(49歳)や年を取って美しいだけでなく、ふり幅の広い女優さんになったオム・ジウォン(40歳)にも楽しませてもらえて、この韓国製クライムアクションムービー、俳優さん達を見るだけで、もう充分に満足できる映画でした。

が……

内容もアクションも、さすが、韓国ノワールの国が作る映画、どこかの国が作るようなスカスカなクライムアクション映画は作りません。ちゃんと頭と技術とお金を使った、中味の濃いエンターテイメント作品に仕上がってます。

 

この先は『マスター』の部分的ネタばれがあります。

 

 

 

 

 

キム刑事に罪の減刑を提示され、チン会長を捕まえる手先になる一方で、昔からの仲間に誘われて会長の巨額の財産をネコババしてとんずらするつもりかも?と思わせたり、風見鶏のようにどっちを向くか分からない、味方なのか、裏切るつもりなのか、本心が分からないパク・ジャングンの事をチン会長が

「お前は両面テープのような奴だ、あっちにくっつき、こっちにくっつき」

と、苦々しく語るシーンがあり、上手いなぁ……と唸ってしまった。

こんなお洒落なセリフは日本のアクション映画じゃ、『あぶない刑事』シリーズの中しか聞けないんじゃないだろうか、映画製作の才能に関しては、日本は韓国の足元にも及ばない気がします。 

 

『フランス特殊部隊RAID 

(日本未公開、 2017年フランス国内の国産映画興収NO.1)

監督:ダニー・ブーン

脚本:ダニー・ブーン

   サラ・カミンスキー

主演:アリス・ポル 

 

 Die Super-Copsï¼Raid dingueï¼

 

 

ストーリー

内務大臣ジャック・パスクアリの一人娘で警察官のジョアナは、幼い時に母を亡くしてから、RAIDに入隊することだけを夢見て日々身体を鍛えているのだが、おっちょこちょいな性格で、そもそも警察官としての素養にも欠けるため、入隊試験に何度も落ち続けている。それでも決して諦めようとしない彼女を心配した父ジャックと婚約者のエドワードはジョアナにRAIDの厳しい訓練を受けさせれば現実を知って諦めると考え、ジャックはRAIDのトップであるルグランに圧力をかけて入隊試験に合格させる。ルグランもベテラン隊員でジョアナの指導担当となったウジェーヌも、ジョアナはすぐに音を上げると思っていたが、夢が叶ったジョアナは想像以上の頑張りを見せただけでなく、実際に成果をあげ、周囲から認められるようになる。そんなジョアナに耐えきれなくなったエドワードはジョアナにこれまでの思いを吐き出して別れを告げると、ジョアナはエドワードの本心を知ったことで吹っ切れた気持ちで別れを受け入れる。そして、ふとしたことからジョアナはウジェーヌと深い仲になる。

一方、セルビアのテログループ「レオパール」のリーダーであるヴィクトールと、そうとは知らずに知り合いになったジョアナは、会話の中でRAIDの作戦に関する情報を漏らしてしまっていた。ふとしたことから、ようやくその事実を知ったジョアナはレオパールが各国首脳が集まっている会議を狙っていることに気づき、ルグランの命令を無視して、会議が行われている古城にかけつける。しかし、父ジャックを含め、誰もジョアナの言うことに耳を貸そうとしないため、ジョアナはジャックを人質にとって無理やり首脳らを退出させる。しばらくしてレオパールによる攻撃で古城が倒壊する事態となったことで、ジョアナの判断が正しかったことが証明される。そして、攻撃の成果を確かめにやってきたヴィクトールらとジョアナの間で銃撃戦となり、さらにそこにウジェーヌらが駆けつけたことで、最終的に事件は解決、ジョアナは大統領から表彰を受けることになる。しかし、ジョアナのおっちょこちょいは治らない。

出典:ウィキペディア

 

本来なら、頭脳明晰で何でも完璧でなければならない特殊部隊の隊員が、凄いドジで、不器用で、という設定のコメディ映画、どこかで似たようなのを見た気がして(『裸の銃を持つ男』シリーズかな?)膝を打つほどの斬新なアイデアとは感じませんが、この作品の売りはアイデアだけではなくむしろ、ヒロインの魅力だと思います。

以前、NHKの大河ファンタジー精霊の守り人(2016年~2017年)で女用心棒役を演じていた綾瀬はるかさん(33歳)、全身を日焼けして見えるように肌を茶色く塗って逞しい女戦士に見せてましたが、体格は華奢なままのいつもの綾瀬さんなので、女性の匂いは、充分残っていました。

ハリウッドでも、アクション映画のヒロイン達は、シャーリーズ・セロン(42歳)も、ガル・ガドット(32歳)も、昔のアンジョリーナ・ジョリー(42歳)、サンドラ・ブロック(53歳)もどんなに男前でも、女の色気はしっかり漂わせていて、それが、魅力でもあり、リアリティの欠如でもあったと思います。

この作品の新しくてリアルなところは(と私が思う)ヒロイン役のアリス・ポル(無名の新人なのか分かりませんが、ウィキにもプロフィールがまだ載ってません)、色気が全くないのです。かなりの美人でもあり、太陽のような明るい笑顔が、人の心をわしづかみしちゃう”愛される顔”なんです。

でも、役柄を反映した大柄で武骨なボディと、正義感あふれ、誰にでも誠実で裏表なく大らかさにあふれた態度が、女性を全く感じさせないのです。

その女性の匂いゼロな所が、今までのアクション映画やアクションコメディのヒロインになかった爽やかな魅力を発散していて、同性から見てとっても好感度大なヒロインです。

とにかく、この女優さん、いいです。同性として大好きになっちゃいます。

又、彼女をとりまく隊員の同僚、上司(を演じてる俳優さんが監督、脚本をやってます)その上司、父親、フィアンセ、敵もまた、一癖あって退屈しません。4月中に、又、WOWOWで再放送すると思うので、加入されてる方は是非、ご覧になってください。損はしないと思います。

WOWOWと言えば、4/12から二か国語で、4/16からは字幕で、待ちに待った

シェイムレス』7

放映開始です。

 

このドラマも、他では絶対観られない、お説教色ゼロの人間賛歌米国ドラマです。既存の日本のドラマ、海外ドラマに魅力を感じなくなってる方 でWOWOWを観れる方は是非、一度お試しを。